平和祈念展示資料館科(総務省委託)
東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル33階
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戦後強制抑留者

さきの大戦が終結したにもかかわらず、ソ連やモンゴルの地域に強制的に抑留された方々をいいます。「ラーゲリ」と呼ばれた収容所で、酷寒の中で貧しい食事に耐えながら、過酷な労働を強いられました。現地で亡くなった方も多く、日ソが国交を回復する昭和31年末まで帰国できない方もいました。戦後強制抑留者の方々の労苦について理解を深めてもらうためのコーナーとして、抑留生活の労苦を描いた絵画、写真、収容所の所在地などを展示しているほか、「戦後強制抑留」と題した6分間の映像もご覧になれます。
また、中央には抑留経験者の方の証言等をもとに再現した第217分所の全体模型を展示しているほか、作業用斧と鋸、作業用手袋など厳しい寒さでの過酷な作業に関するもの、食料と交換したため両袖のない防寒外套など悲惨な食料事情に関するもの、手作りの食器、靴下など身の回り品の不足に関するものを展示しています。

ラーゲリ(収容所)の様子

ラーゲリ(収容所)の様子

強制抑留された方々が収容されたラーゲリ(強制収容所)での食事風景を実際にシベリアに抑留されていた方の証言をもとに再現し展示しています。強制抑留者は、酷寒の中で、過酷な労働に耐えながら、貧しい食事の中、故国日本に帰る日を待ちわびていました。

袖無しの防寒外套

袖なしの防寒外套
[高知県 村田金悦氏提供]


初めてのシベリアの冬、外気温マイナス30度、飢えに耐えかね、ソ連労働者が持っていたパンと防寒服の袖を片方ずつ2回に分けて、交換しました。

木製フォーク、スプーン、ナイフ

木製フォーク、スプーン、ナイフ
[鹿児島県 海江田英次氏提供]


強制抑留中に作ったものです。
木を削りながら、郷里でご馳走を食べていることを思っていました。

死亡状況を伝える手紙

死亡状況を伝える手紙
[新潟県 金子フミ氏提供]


チタ収容所で厳しい生活環境で、衰弱死した夫の最後の様子を文面で伝える内務班長の手紙。
それが死亡の根拠となり、3年後に県から死亡告知書が届きました。

手製靴下

手製靴下
[三重県 長﨑智次氏提供]


帰還時、ソ連支給の布で作ったものです。
糸は布をほぐしたもので、針も自作です。

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