平和祈念展示資料館科(総務省委託)
東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル33階
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海外からの引揚者

海外からの引揚者とは、さきの大戦の終結に伴い、生活の本拠としていた海外から故国日本への引揚げを余儀なくされた方々をいいます。身の危険が迫る中、すべてを捨て、大変な労苦を体験しながら故国を目指しましたが、引揚げ途中で亡くなった方も多くいました。
引揚者の方々の労苦について理解を深めてもらうためのコーナーとして、引揚者の労苦を伝える写真、引揚げの状況、女優「小林千登勢」さんの証言パネルなど展示しているほか、「海外からの引揚げ」と題した6分間の映像もご覧になれます。
また、多くの引揚者を移送した引揚船「興安丸」の模型を展示、そのほか世帯道具配給点数切符、青年義勇隊員用教科書など外地での生活に関するもの、居住証明書、収容所日記など引揚げ時の混乱に関するもの、引揚証明書、乗船証明書など故国への引揚げに関するもの、死亡した赤ん坊のおむつで作った子ども用ワンピースや手製のリュックサックなども展示しています。

引揚船内の様子

引揚船内の様子

昭和21年、満州(現・中国東北部)の葫蘆島を出発し、博多港に向かう引揚船白竜丸の船底の様子を関係者の証言や当時の写真をもとに再現、展示しています。幾多の労苦を乗り越えながらやっとの思いで日本に帰ることができました。

手製リュックサック

手製リュックサック
[栃木県 岡村 善四郎氏]


昭和21(1946)年7月、牡丹江市に近い鏡泊湖畔の廃屋に住みながら引揚げを待つ間、ぼろ布を集めて作ったものです。

収容日誌

収容日誌
[東京都 加藤 袈裟一氏]


昭和21(1946)年12月、満州延吉の天主公教会内に作られた軍人家族用の収容所で記した毎日の記録です。当時収容所では幼児と子どもの死亡率が高かったことが分かります。

おむつで作った子供用ワンピース

おむつで作った子ども用ワンピース
[滋賀県 広田 きみ氏]


ソ連軍の侵攻で満州から北朝鮮に逃げ、1年間の収容所生活ののち、昭和21(1946)年8月、38度線を徒歩で越えた親子は釜山港へ。引揚げ直前、満州生まれの娘のために、母は亡くなった赤ん坊のおむつで晴着のワンピースを縫い上げました。

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