平和祈念展示資料館科(総務省委託)
東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル48階
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企画展「"うた" からみる兵士・抑留者・引揚者の想い」

企画展「"うた" からみる兵士・抑留者・引揚者の想い」

この企画展では、詩歌や音楽に共通する"うた"というキーワードから、兵士、抑留者、引揚者の想いに光を当てました。どんな時も人々と共にあった"うた"に刻まれた想いを、未公開資料を中心に紹介しました。
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兵士が持ち帰った35種類の煙草の空箱

兵士が持ち帰った35種類の煙草の空箱 松崎松吉氏提供

探知中の地雷が爆発し全聾となった兵士が、「ビルマ作戦記念」として持ち帰った35種類の煙草の空箱。この兵士は、軍歌「戦友」で歌われているように、1本の煙草も戦友2人で分けあって飲んだという。兵士にとって煙草は、つらい軍隊生活におけるささやかな楽しみであった。 

兵士が持ち帰った35種類の煙草の空箱
和歌が縫い込まれた千人針

和歌が縫い込まれた千人針 長坂寿也氏提供

千人針とは、千人の女性が一針ずつ玉留をつくり、戦争に行く兵士に贈ったお守りである。「敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山櫻花」という本居宣長※の和歌が縫い込まれている。この和歌は、元々は優美な自然に感動する自身の心を詠んだものだが、潔く散る桜にたとえて、戦地に行けば命を惜しまず戦う純粋で果敢な心として読み替えられた。
※江戸時代の国学者。

和歌が縫い込まれた千人針
「爆弾三勇士の歌(与謝野鉄幹作詞)」

「爆弾三勇士の歌(与謝野鉄幹作詞)」 青山哲士氏提供

上海事変で戦死した日本兵を、美談に仕立てた歌。昭和7(1932)年2月、3名の兵士が、点火した破壊筒を抱えて突撃したところ、生還に失敗し爆死した。しかし、荒木貞夫陸軍大臣は「覚悟の自爆」をした「爆弾三勇士」と宣伝した。各新聞社が「爆弾三勇士の歌」を公募し、与謝野鉄幹が当選した。歌は、事故死した兵士を「国の精華の三勇士」と褒めたたえている。

「爆弾三勇士の歌(与謝野鉄幹作詞)」
「読売焼付版ニュース写真」

「読売焼付版ニュース写真」 野口敏男氏提供

苦しい軍隊生活の合間に、ビール瓶や空き樽を楽器にして雑音楽団を結成した兵士たちを宣伝した「読売焼付版ニュース写真」※。昭和19(1944)年7月30日発行。
※昭和17(1942)から20年まで、週3回程度発行された。

「読売焼付版ニュース写真」
兵士を慰問した松竹少女歌劇団のプログラム

兵士を慰問した松竹少女歌劇団のプログラム 
堀池栄一氏提供

フィリピンの日本兵を慰問した、松竹少女歌劇団のプログラム。昭和17(1942)年7月から約3ヶ月間、陸軍恤兵部〔じゅっべいぶ〕の指導で、少女歌劇団28名と軽音楽団他22名が、台湾とフィリピンの日本兵を慰問した。映画上映、「大東亜戦争の詩吟」、「愛国行進曲」の全員合唱などを行った。慰問を受けた兵士は、「マンゴー樹下の舞台」という詩を詠んだ。

兵士を慰問した松竹少女歌劇団のプログラム
『懐かしの歌』

『懐かしの歌』 能見寿哉氏提供

スコットランド民謡を原曲とする「蛍の光」や、「戦陣訓※の歌」などが収録された兵士の歌集。昭和20(1945)年10月1日。
※日中戦争の長期化で乱れた軍の風紀をひきしめるため、東条英機陸軍大臣によって示された、戦場における軍人の心得。捕虜となることは恥であるとして、降伏を事実上禁じた「生きて虜囚の辱めを受けず」という有名な一節がある。

『懐かしの歌』
「国境の町」『漫画で綴る大正男の一生』より

「国境の町」『漫画で綴る大正男の一生』より 吉岡芳延氏画

「国境の町」は、元満鉄社員の東海林太郎が歌った流行歌。日本人、兵隊はこの歌を涙して歌ったという。

「国境の町」『漫画で綴る大正男の一生』より
「シベリアのメーデー」『漫画で綴る大正男の一生』より

「シベリアのメーデー」『漫画で綴る大正男の一生』より 
吉岡芳延氏画

昭和21(1946)年5月、シベリアのメーデーを描いた漫画。普段は銃を構え監視しているソ連兵が、抑留者を歌い踊らせ、喜び拍手するという光景が描かれている。 

「シベリアのメーデー」『漫画で綴る大正男の一生』より
抑留者が手作りした押し花の栞

抑留者が手作りした押し花の栞 奥村正清氏提供

抑留者が、沿海州カンガウスの収容所で昭和21(1946)年4月に採集した花を、手帳にはさんで持ち帰って作った栞。栞の上部に記された「シベリヤ 野辺ニモ咲ケリ 春ノ花」という詩は、野辺(野原または埋葬地)にも春の花が咲いたことを詠んでいる。

抑留者が手作りした押し花の栞
抑留者の手作りスプーン

抑留者の手作りスプーン 水町志津子氏提供

抑留者が、アルミ電線を溶かして作ったスプーン。スプーンに彫られた「一大事とは今日只今の事なり」は、人生において今日一日を生き抜く自分自身の心が最も大切であり、それを疎かにしては、翌日はおろか人生すらないという禅僧の言葉※。
※臨済宗の道鏡慧端〔えたん〕の「一大事と申すは今日只今の心也。それをおろそかにして翌日あることなし」に由来する言葉。

抑留者の手作りスプーン
シベリアで抑留者が結成した「イゝ玉劇団」の団旗

シベリアで抑留者が結成した「イゝ玉劇団」の団旗 
井頭利次氏提供

抑留者が、赤チンや黄色いマラリア治療薬、鍋墨などで旗を染めて手作りした劇団の旗。「イイ玉劇団」の名前は、調子がよくて要領のよい有志(イイ玉)が集まって作ったことを茶化して名付けたという。ギターや三味線も手作りした劇団の活気ある催しは、抑留生活に耐える仲間を慰めた。劇団の座長だった団旗の持ち主は、「捕虜生活を生き延びたあかしです」と語った。

シベリアで抑留者が結成した「イゝ玉劇団」の団旗
「立ち売りをして生活を支える母子」昭和21(1946)年1月頃。『おもいでのきろく』より

「立ち売りをして生活を支える母子」昭和21(1946)年1月頃。『おもいでのきろく』より 岩田ツジ江氏画

冬を越すためにも、たばこ売りは収入源の一つで、立ち売りは増えていました。友達は、「父は、敗戦の一ヶ月前に応召して、中国へ征った。と聞いただけよ。だから今は私が母を守らないとね」「じゃあね、祖国へ元気で帰りましょうね」と、明るい顔でした。私はお陰で彼女に勇気を貰うことができました。(岩田ツジ江『ハルピン-佐世保 引揚75日の記録』より)

「立ち売りをして生活を支える母子」昭和21(1946)年1月頃。『おもいでのきろく』より
「引揚列車の出発を知り、そっと見送る満人の姿もあった」昭和21(1946)年8月1日。『おもいでのきろく』より

「引揚列車の出発を知り、そっと見送る満人の姿もあった」昭和21(1946)年8月1日。『おもいでのきろく』より 
岩田ツジ江氏画

ハルビン駅から無蓋車に乗って吉林へ。乗車して出発の真際でした。中国人の夫婦が叫びながら走ってきて、日本名を呼ぶと、婦人が立ち上がり、中国人からのお土産を受け取って、「有難う、有難う、いろいろお世話になったね」と涙を流しながらお別れしました。列車が動き出すと、追いかけて手を振っていました。(岩田ツジ江『ハルピン-佐世保 引揚75日の記録』より)

「引揚列車の出発を知り、そっと見送る満人の姿もあった」昭和21(1946)年8月1日。『おもいでのきろく』より
「引揚船上で催された、初代平和ラッパさん夫妻による慰安会」『おもいでのきろく』より

「引揚船上で催された、初代平和ラッパさん夫妻による慰安会」『おもいでのきろく』より 岩田ツジ江氏画

逃避行を経て、約2ヶ月半後に引揚船に乗れた。死を乗り越えた疲れをねぎらおうと、満州慰問の帰りだった芸人の初代平和ラッパ夫妻が親睦慰安会を催してくれた。三味線をひきながら、ラッパさんの歌に合わせて、奥さんが身軽に次々と踊りを見せて下さり、拍手喝采の連続で、思いがけない楽しい時間でした。(岩田ツジ江『ハルピン-佐世保 引揚75日の記録』より)

「引揚船上で催された、初代平和ラッパさん夫妻による慰安会」『おもいでのきろく』より
異国の姉を想う母を詠んだ和歌

異国の姉を想う母を詠んだ和歌 工藤みよ氏提供

弟が、中国に残された姉の帰国を待ちわびる、母の想いを詠っている。昭和16(1941)年、姉の工藤みよは夫と満州に入植した。敗戦後の混乱で夫のみ日本に引き揚げた。みよは、故郷を想い涙する中国生活で、肉親が自分の帰国を待ちわびている和歌を知って喜んだ。その後、みよと息子・娘は、生活を助けてくれた中国人と結婚し、昭和62年に日本へ永住帰国した。

異国の姉を想う母を詠んだ和歌
『中村耕造歌集』(引揚促進連盟編集)

『中村耕造歌集』(引揚促進連盟編集) 高木勝己氏提供

抑留者や引揚者の想いが歌われた歌集。昭和24(1949)年。「異国の丘」は、抑留中に𠮷田正が作曲し、シベリアの収容所で歌われた。抑留先から帰った中村耕造が、昭和23年8月にNHKラジオ「素人のど自慢」でこの曲を歌い、流行歌となった。引揚者の藤原ていが作詞し、映画『流れる星は生きている』の主題歌となった「異国の丘 女性編」も載せられた。

『中村耕造歌集』(引揚促進連盟編集)
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