平和祈念展示資料館科(総務省委託)
東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル48階
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企画展『抑留生活の記憶』

抑留体験者が描いた絵画・スケッチの中から、ラーゲリ(収容所)とそこでの生活を描いた作品を各地区の特徴とあわせて紹介したほか、抑留生活で使用し、持ち帰ることができた品々から、手製のものを中心に展示しました。
会期:平成25年9月25日(水)~12月25日(水)
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ナホトカ作業収容所

ナホトカ作業収容所 [なほとかさぎょうしゅうようじょ] 川口光治 (前期のみ展示)

沿海地方ナホトカ
ナホトカには、日本への引揚港がありました。そのため、多くの抑留者が他の収容所からナホトカの収容所に移送され、帰国の順番を待ちました。
なかには他の収容所へ逆送されたり、引揚船の都合で帰国が遅れた抑留者もいました。

ナホトカ作業収容所
捕虜収容所

捕虜収容所 [ほりょしゅうようじょ] 早田貫一 (前期のみ展示)

ハバロフスク地方コムソモリスク
コムソモリスクの収容所は、アムール川※1に近く、タイガ(針葉樹林帯)にありました。抑留者は森林伐採、バム鉄道※2建設とその関連作業に従事しました。昭和24(1949)年にホルモリンと合体し、コムソモリスクの収容所は閉鎖されました。 ※1モンゴル高原東部~オホーツク海の川。ロシアと中国の国境を成している。
※2バイカル・アムール鉄道の略、第2シベリア鉄道とも言われる。

捕虜収容所
ナリリスク第5収容所

ナリリスク第5収容所 [なりりすくだい5しゅうようじょ] 斎藤操 (前期のみ展示)

クラスノヤルスク地方ナリリスク
ナリリスクの収容所は、北極圏に近く酷寒の地でした。約300名が収容されましたが、生還したのは110名と言われています。
ナリリスクは豊富な地下資源を持ち、コンビナートが建設されていたため、抑留者は水源地からの送水作業に従事しました。

ナリリスク第5収容所
バルハシ収容所

バルハシ収容所 [ばるはししゅうようじょ] 恒枝丈夫 (前期のみ展示)

南カザツク州バルハシ
バルハシの収容所は、バルハシ湖の北岸にありました。砂漠地帯で、夏は炎天下、冬もシベリア同様酷寒の地でした。
バルハシは銅の産出地で、抑留者は溶鉱炉関連の作業に従事しました。

バルハシ収容所
エラブカ第一収容所(寺院跡)遠望

エラブカ第一収容所(寺院跡)遠望 [えらぶかだいいちしゅうようじょ(じいんあと)えんぼう] 中家正尚 (前期のみ展示)

タンボフ州エラブカ 
エラブカの収容所は、モスクワの東約1000キロに位置し、カマ川※沿いにありました。AとBの2つのラーゲリに分かれ、3階建ての建物や旧修道院を改造して利用していました。日本人将校のほか、ドイツ人も収容されていました。労働は木材運搬、農耕など自活作業が中心でした。 ※ボルガ川の支流。かつてはヨーロッパ、ロシアからシベリアへの交易のための水路として使われていた。

エラブカ第一収容所(寺院跡)遠望
ラーダ収容所

ラーダ収容所 [らーだしゅうようじょ] 中家正尚 (前期のみ展示)

タンボフ州ラーダ
ラーダの収容所は、モスクワの南東約450キロの森の中にありました。収容所は約100のゼムリャンカ(半地下式壕舎[ごうしゃ])で、日本人のほかにドイツ人などヨーロッパ諸国の人々も収容されていました。
労働は薪[まき]集め、水汲みなど自活作業が中心でした。

ラーダ収容所
水汲作業

水汲作業 [みずくみさぎょう] 川口光治 (後期のみ展示)

アムール地区ライチハ
ライチハは、ハバロフスクから西に約400キロのライチヒンスクを中心に、約10の収容所や作業場を総合してライチハ地区といいました。
シベリアでは屈指の石炭産出地で、抑留者は炭鉱作業や側溝掘り、建築用木材の積み下ろしなどに従事しました。
井戸や近くの河川から水を汲み、炊事場や入浴場に運ぶことも労働の一つでした。

水汲作業
坑内切羽

坑内切羽 [こうないせっぱ] 川口光治 (後期のみ展示)

鉱物資源のある地区では、炭坑作業が労働の中心でした。側溝掘り、爆破、切羽[せっぱ]※、運び出しなど数名一組で作業にあたりました。
※地盤や岩盤の掘削現場。

坑内切羽
原木運搬

原木運搬 [げんぼくうんぱん] 勝山俊一 (後期のみ展示)

極寒期の原木運搬は、九名一組、幾組かの作業隊は、冬は橇[そり]、夏は大八車で巨木を引き、烈[はげ]しい労働に耐えました。

原木運搬
壁新聞

壁新聞 [かべしんぶん] 早田貫一 (後期のみ展示)

ソ連(現・ロシア)は抑留者の思想教育を目的として「日本新聞」※や「壁新聞」を発行しました。「壁新聞」は文化活動の一環としてラーゲリ(収容所)ごとに作られており、その内容は異なっていました。
※「日本新聞」はハバロフスクで昭和20年9月15日第1号~同24年12月30日第662号まで発刊され、各ラーゲリ(収容所)に配布された。

壁新聞
ソフガワニ収容所

ソフガワニ収容所 [そふがわにしゅうようじょ] 立花信男 (通期展示)

ハバロフスク地方ソフガワニ
ソフガワニ(ソヴィエツカヤ・ガヴァニ)の収容所は、ソフガワニ港の近くにありました。
バム鉄道※の東の起点で、抑留者は鉄道建設工事などに使うための森林伐採、造船所関係に従事しました。
※バイカル・アムール鉄道の略、第2シベリア鉄道とも言われる。

ソフガワニ収容所
収容所の冬景色

収容所の冬景色 [しゅうようじょのふゆげしき] 佐藤清 (通期展示)

ハバロフスク地方ホルモリン 
ホルモリンは、コムソモリスクから北西に約200キロのアムグン川※1周辺まで、鉄道沿線に点在する約50の収容所の地区本部がありました。抑留者は森林伐採、バム鉄道※2建設とその関連作業に従事しました。
※1ロシア極東部を流れる川。アムール川左岸の大きな支流の一つ。
※2バイカル・アムール鉄道の略、第2シベリア鉄道とも言われる。

収容所の冬景色
縫い針

縫い針 [ぬいばり] 山本キヨコ氏提供 (通期展示)

炭坑にある削岩機の切れたワイヤーや針金などを加工して作った縫い針です。
抑留生活中の労働によって一部が破れた軍手や手袋などを繕うために作りました。縫い糸は、衣服のほつれた所から糸を抜き取り、使用しました。
ハバロフスク地方ムリー地区

縫い針
防寒用軍手

防寒用軍手 [ぼうかんようぐんて] 斎藤純夫氏提供 (通期展示)

労働によって破れた部分を、切り取った作業着の裾や支給された布などをあてて繕い、寒さをしのぎました。
チタ州ブカチャチャ

防寒用軍手
小物入れ

小物入れ [こものいれ] 笹井作造氏提供 (通期展示)

抑留生活中、余暇を見つけて作った小物入れです。
セミパラーチンスク州カラカンダ

小物入れ
マホルカ入れ

マホルカ入れ [まほるかいれ] 岩佐末男氏提供 (通期展示)

抑留生活中に支給された、マホルカと呼ばれる刻み煙草を入れるためのケースです。
ウズベク州タシケント

マホルカ入れ
スプーン・フォーク・箸・携帯袋

スプーン・フォーク・箸・携帯袋 [すぷーん・ふぉーく・はし・けいたいぶくろ] (通期展示)

抑留生活中に作ったスプーンや箸です。森林伐採労働を中心とした地域では、加工のしやすい白樺などの木を材料とし、そのほかの地域では、アルミやステンレスなどの金属を材料とした特徴がみられます。
左から日野治水氏提供(スプーン)/ウズベク州タシケント、海老原繁氏提供(フォーク・箸)/クラスノヤルスク州クラスノヤルスク、斎藤純夫氏提供(木製スプーン・袋)/チタ州ブカチャチャ

スプーン・フォーク・箸・携帯袋
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