平和祈念展示資料館科(総務省委託)
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企画展 -子どもたちの引揚げ-『引揚げ漫画原画展』

子どもたちの引揚げをテーマに、当時子どもだった漫画家たちが自らの体験を描いた作品を中心に構成し、関連する実物資料を交えて、子どもの目がとらえた満州(現・中国東北部)の生活や引揚げの労苦を紹介しました。
会期:平成25年7月17日(水)~9月23日(月・祝)
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夕陽の曠野

夕陽の曠野 [ゆうひのこうや] 森田拳次 (通期展示)

満州(現・中国東北部)の広大な平原に沈む夕陽と、その中を走る「あじあ号」。手前にあじあ号を見つめる幼い日の自分を描いています。
南満州鉄道(満鉄)の「あじあ号」は最高時速130㎞、新京-大連間700キロメートルを8時間30分で走行するという、当時では驚異的なスピードの特急列車でした。 
油彩/キャンバス

夕陽の曠野
喫茶店『みづほ』に母はよく行った

喫茶店『みづほ』に母はよく行った [きっさてんみづほにはははよくいった] 髙井研一郎 (前期のみ展示)

上海に住んでいた頃、髙井少年の母親はよく4軒隣の喫茶店みづほへ出かけていき、一人でコーヒーを飲んでケーキを食べていました。窓から中をのぞいているのは髙井少年です。彼はすぐにお腹を壊してしまう体質だったため、母親と一緒に店内に入ることができませんでした。
水彩/紙

喫茶店『みづほ』に母はよく行った
満州の楽しい記憶

満州の楽しい記憶 [まんしゅうのたのしいきおく] 北見けんいち (前期のみ展示)

家族とともに満州(現・中国東北部)で過ごした楽しい日々を描いた作品です。中央の北見少年が左手に持っているのは、赤いサンザシの実を串に刺し、水あめをまぶした「タンフール」と呼ばれるおやつです。
水彩/イラストボード

満州の楽しい記憶
ともちゃんのおへそ

ともちゃんのおへそ [ともちゃんのおへそ] ちばてつや (前期のみ展示)

終戦間近の満州(現・中国東北部)の収容所で、母親を亡くしたともちゃんの物語を描いた作品です。亡くなる前に母親が残した「お母さんに会いたかったらおへそを見なさい」という言葉を思い出し、自分のおへそを覗き込んでいるともちゃんの姿です。
水彩/紙

ともちゃんのおへそ
ブローカー市で着物は売れた

ブローカー市で着物は売れた [ぶろーかーいちできものはうれた] 上田トシコ (前期のみ展示)

向かって左の着物を見せている人物が上田トシコ氏本人です。終戦後、ハルビンの収容所にいた日本人は仕事に就くことができず、お金を得るためには、自分たちの持ち物を売るよりほかに手だてがありませんでした。引揚げ命令が出ると、多くの日本人が引揚げの資金づくりのために、それまで大切に持っていた着物や貴重品を売りました。
水彩/紙

ブローカー市で着物は売れた
父に手榴弾の安全ピンの抜き方を教えてもらった

父に手榴弾の安全ピンの抜き方を教えてもらった [ちちにしゅりゅうだんのあんぜんぴんのぬきかたをおしえてもらった] 古谷三敏 (前期のみ展示)

玉音放送で日本が戦争に負けたことを知った後、古谷少年は父親から手榴弾の安全ピンの抜き方を教えられました。当時小学2年生だった少年にとって、手榴弾はずっしりと重く、大きく感じられました。
水彩/紙

父に手榴弾の安全ピンの抜き方を教えてもらった
北京の空をB29がゆうゆうと飛んで行った

北京の空をB29がゆうゆうと飛んで行った [ぺきんのそらをB29がゆうゆうととんでいった] 横山孝雄 (後期のみ展示)

友達から借りた本を抱えて家に帰る途中、アメリカの巨大な爆撃機B29が、爆音をとどろかせて悠々と飛んでいくのが見えました。ちょうどそこへ日本軍の豆戦車が通り過ぎ、子ども心にも、その迫力の差に情けない思いがしたのでした。
水彩/紙

北京の空をB29がゆうゆうと飛んで行った
ソ連兵はやっぱりこわかった

ソ連兵はやっぱりこわかった [それんへいはやっぱりこわかった] 山内ジョージ (後期のみ展示)

商店に略奪をしに来たソ連兵に、マンドリンと呼ばれる自動小銃を向けられた記憶を描いた作品です。冗談のつもりなのか、口元に笑いを浮かべながら脅すソ連兵と、思わず手を上げてしまった幼い兄弟。当時5歳だった山内少年にとって恐怖の体験でした。
水彩/紙

ソ連兵はやっぱりこわかった
夕陽めがけて

夕陽めがけて [ゆうひめがけて] 森田拳次 (後期のみ展示)

森田少年は、家族とともに満員の無蓋車[むがいしゃ]※に乗ることができました。列車にはトイレがないので、子どもが用を足すときは、大人が子どもの腰をしっかりとつかまえて、列車の外に向けて高く抱え上げてくれたのでした。※屋根のない貨物列車
水彩/紙

夕陽めがけて
引揚船は玄界灘の荒波にもまれた

引揚船は玄界灘の荒波にもまれた [ひきあげせんはげんかいなだのあらなみにもまれた] 山口太一 (後期のみ展示)

大連から佐世保へ引き揚げる途中の玄界灘は荒れ、引揚船は木の葉のように揺れました。船に押し寄せてくる波は壁のように迫ってきて、山口少年はまるですり鉢の中にいるような感覚にとらわれました。大人たちは船酔いで全滅していましたが、子どもたちは元気でした。
水彩/イラストボード

引揚船は玄界灘の荒波にもまれた
死亡診断書(死体検案書)

死亡診断書(死体検案書) [しぼうしんだんしょ(したいけんあんしょ)] 石井章氏提供 (通期展示)

船上で亡くなった兄、滋水[しげみ]氏の死亡診断書です。死因は急性胃腸カタルによる栄養失調症と記されています。

死亡診断書(死体検案書)
御守

御守 [おまもり] 石井章氏提供 (通期展示)

昭和10(1935)年頃に、出征する兵士に贈られた弾除けの御守です。2枚目の中央に書かれている文字は護符などに用いられる神字で、「さむはら」と読みます。父親が兄弟の無事を祈って兄に持たせたものです。

御守
弁当箱 箸

弁当箱 箸 [べんとうばこ はし] 石井章氏提供 (通期展示)

アルミ製の弁当箱の蓋[ふた]には梅の花があしらわれ、箸を入れる溝があります。12歳の兄にはこの箸入れに収まる箸では短いので、両親はもう少し長い箸を持たせていました。

弁当箱 箸
手袋

手袋 [てぶくろ] 村上ひさの氏提供 (通期展示)

将校用マントの端切れを使って作った手袋です。

手袋
御守袋

御守袋 [おまもりぶくろ] 村上ひさの氏提供 (通期展示)

御守袋の中に御札が10枚入っています。吉林[きつりん]の収容所にいるとき、娘が身につけていた御守袋がシラミの巣となっていたため、外して日光に当てている間に、娘は行方不明となってしまいました。

御守袋
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