平和祈念展示資料館科(総務省委託)
東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル33階
入場無料
やさしいブラウザ
文字サイズ小中大
English

HOME > 夏休みイベント 2018年 > 語り部お話し会

語り部お話し会

兵士・抑留体験者・引揚体験者が過酷な戦争体験を語り継ぎます。

上野辰熊(うえのたつくま)さん 元兵士

上野辰熊(うえのたつくま)さん 元兵士

「特攻寸前で終戦となった少年飛行兵」

  ●7月14日(土)  14:00~(約60分)

16歳で少年飛行兵として訓練を受け、鹿児島県の万世飛行場で沖縄航空作戦に加わり、出撃を待つ間に沖縄戦が終結、出撃せずに終戦を迎えた元少年飛行兵の体験談です。

■■プロフィール■■

昭和3(1928)年3月、山口県生まれ。
昭和18(1943)年10月、陸軍少年飛行兵として大刀洗陸軍飛行学校に入校。
陸軍生徒として基礎訓練を受ける。
昭和19(1944)年4月、飛行兵採用、同校京城教育隊へ配属。
九五式中練(赤トンボ)による飛行訓練を受け、操縦技術を習得。
8月、平壌(現・ピョンヤン)で九九式襲撃機の搭乗員となり、助教要員として訓練や特攻機の受領輸送などに従事する。
昭和20(1945)年5月、鹿児島県の万世飛行場で沖縄航空作戦中の飛行第66戦隊に転属、出撃待機するが、沖縄戦が終結したため、大刀洗北飛行場へ転進。
終戦後、部隊は解散し、山口県の叔父の家で生活を送る。

西倉勝(にしくらまさる)さん 抑留体験者

西倉勝(にしくらまさる)さん 抑留体験者

「酷寒のコムソモリスクでの抑留生活」

  ●7月15日(日)  14:00~(約60分)

昭和20(1945)年に19歳で召集され、朝鮮北部とソ連との国境付近に配属された兵士。終戦後に抑留されたシベリアで待っていたのは、ノルマに追われる労働の日々でした。

■■プロフィール■■

大正14(1925)年5月、新潟県生まれ。
昭和20(1945)年1月に現役兵として出征、朝鮮北部とソ連との国境付近に
配属される。
終戦後、ソ連軍により武装解除され、コムソモリスクで抑留生活を送る。
抑留中、土木工事、製材工場、伐採作業、住宅建設、農作業等、
様々な労働に従事。
昭和23(1948)年7月、ナホトカから京都府の舞鶴港に復員。

黒田雅夫(くろだまさお)さん 引揚体験者

黒田雅夫(くろだまさお)さん 引揚体験者

「戦争と⼦ども〜満州からの引揚孤児〜」

  ●7月21日(土)  14:00~(約60分)

農業移民として家族で満州に渡るも、終戦を迎えて難民となり、孤児として過ごした自らの体験を語ります。

*同日11:00 上映「ザ・ドキュメント 兄と弟- 満州 おもいでの河へ」に出演(映像提供:関西テレビ)

■■プロフィール■■

昭和12(1937)年3月、京都府生まれ。
昭和19(1944)年6月、7歳の時に両親、弟とともに満州(現・中国東北部)
に渡る。
昭和20(1945)年6月、父が召集され、8月のソ連軍の侵攻後、祖父、母、弟と
撫順の収容所へ避難。収容所で祖父と母が亡くなり、弟は満州人に預けられる。収容所を脱出し、孤児となって路上生活を送っていたところを、キリスト教団体に助けられる。
昭和21(1946)年7月、葫蘆島から京都府の舞鶴港に引揚げ。そのまま長崎の
戦災孤児施設に入れられるが、叔父が迎えに来て、京都府亀岡市の祖母の家に帰る。

大島満吉(おおしままんきち)さん 引揚体験者

大島満吉(おおしまよしみつ)さん 引揚体験者

「終戦前日の悲劇・葛根廟事件」

  ●7月22日(日)  14:00~(約60分)

終戦の前日、満州の葛根廟でソ連軍の攻撃を受け、1,000 名以上の民間の日本人が虐殺された事件。その生存者が、壮絶な体験を語ります。

■■プロフィール■■

昭和10(1935)年12月、群馬県生まれ。
昭和13(1938)年、先に満州(現・中国東北部)で働いていた父に呼ばれ、
母、兄とともに満州へ渡る。
昭和20(1945)年、ソ連軍侵攻のため集団避難の途中、8月14日、
葛根廟事件に遭遇。
同年9月末、家族で新京(現・長春)に移動。
昭和21(1946)年10月、葫蘆島から福岡県の博多港に引揚げ。

近田明良(ちかだあきよし)さん 抑留体験者 台風のため中止となりました。

近田明良(ちかだあきよし)さん 抑留体験者

「生死を分けた1万キロ
 シベリア~ウクライナでの抑留生活」

  ●7月28日(土)  14:00~(約60分)

終戦後シベリアへ抑留され、さらにウクライナまで1万キロもの距離を移動させられた、過酷な抑留体験談です。

*7月24日(火)11:00/14:00、7月28日(土)11:00上映
「行き先も、分からずに~20 歳の初年兵、シベリア抑留の記憶~」に出演

■■プロフィール■■

大正14(1925)年9月、東京都生まれ。
昭和20(1945)年2月、大学在学中に召集され、満州(現・中国東北部)の
ジャムスへ渡る。
同年6月、奉天(現・瀋陽)に移動し、三菱重工業で技術兵として機関銃などの
兵器を製作。
11月、シベリアのザバイカル地区へ抑留され、伐採作業に従事する。
昭和21(1946)年8月、1ヶ月かけて、ウクライナのサボロジェ第100収容所に
到着。
発電所の復興作業や衣服修理作業などを行う。
昭和23(1948)年11月、ナホトカから京都府の舞鶴港に復員。

中島裕(なかじまゆたか)さん 抑留体験者

中島裕(なかじまゆたか)さん 抑留体験者

「自筆の水彩画でたどるタイシェット抑留生活」

  ●8月5日(日)  14:00~(約120分)

満州(現・中国東北部)で終戦を迎えた19歳の陸軍航空兵は、シベリアのタイシェットへ抑留された。当時の様子を、自身が描いた絵画をもとに語る。

■■プロフィール■■

大正15(1926)年5月、北海道生まれ。
昭和19(1944)年4月、陸軍特別幹部候補生(第1期)に志願し、千葉県柏第4航空教育隊に入隊。
8月以降、満州の温春、間島、遼陽、公主嶺等で訓練を受ける。
昭和20(1945)年7月、第39飛行場大隊東京城分遣隊に復帰し、航空士官学校
生徒の兄と同じ部隊になる。
終戦後、ソ連軍により武装解除される。
10月、敦化から牡丹江まで250キロを徒歩で移動し、牡丹江郊外の掖河で物資の積載作業を命じられる。
11月、タイシェットの収容所に移され、伐採作業や医務室作業等に従事。
昭和23(1948)年6月、ナホトカから京都府の舞鶴港に復員。

鈴木忠典(すずきただのり)さん 元兵士

鈴木忠典(すずきただのり)さん 元兵士

「志願して海軍へ 魚雷艇での戦い」

  ●8月15日(水)  14:00~(約60分)

14歳で海軍に志願した少年は、魚雷艇での出撃、潜水艦で硫黄島や沖縄への
物資輸送などの任務に携わりました。

■■プロフィール■■

昭和3(1928)年11月、秋田県生まれ。
昭和18(1943)年、14歳で志願し、海軍横須賀海兵団に入団。
水雷学校の訓練科、更に特別訓練科で魚雷艇の操作を学ぶ。
昭和19(1944)年2月、インドネシア中部のセレベス(セラウェシ)島、
メナド海軍基地に配属される。
ソロモン諸島などに来襲するアメリカ艦隊に対し、魚雷艇で出撃を繰り返す。
その後、潜水艦乗務員として、硫黄島への物資輸送を行い、ついで、台湾から沖縄への物資輸送の任に就く。
昭和20(1945)年9月、台湾沖洋上で米軍艦により武装解除され、
沖縄の収容所へ。
昭和21(1946)年3月、沖縄から長崎県の佐世保港に復員。

西崎信夫(にしざきのぶお)さん 元兵士

西崎信夫(にしざきのぶお)さん (元兵士)

「駆逐艦雪風に乗った海軍特別年少兵」

  ●8月17日(金)  14:00~(約120分)

15歳で海軍特別少年兵に志願。
駆逐艦雪風の乗組員として、戦艦大和の沈没を目撃し、自らも
負傷しながら生存者の救出に当たった体験を語ります。

■■プロフィール■■

昭和2(1927)年1月、三重県生まれ。
昭和17(1942)年9月、海軍特別年少兵の第1期生として、
広島県の大竹海兵団に入団。
昭和18(1943)年9月、横須賀の海軍水雷学校に入校し、繰上げ卒業。
11月、呉軍港にいた駆逐艦雪風の魚雷発射管射手として配属される。
昭和19(1944)年、マリアナ沖海戦やレイテ沖海戦に参加。
昭和20(1945)年、沖縄水上特攻では、戦艦大和の護衛として従う。
大和が沈没する中、生存者らを救助する。
終戦後、引揚船として使われた雪風に再び乗務し、海外引揚業務に従事する。
昭和22(1947)年10月、復員。

土屋洸子(つちやひろこ)さん 引揚体験者

土屋洸子(つちやひろこ)さん (引揚体験者)

「満州公主嶺 私の故郷」

  ●8月19日(日)  14:00~(約60分)

家族で満州(現・中国東北部)・公主嶺に移住した少女が、
高等女学校へ進学した年の夏にソ連軍の侵攻を受け、避難生活の後、
両親と別れて妹と二人で引揚げの途につく体験談です。

■■プロフィール■■

昭和8(1933)年1月、鳥取県生まれ。
昭和11(1936)年、父が満州・公主嶺の農事試験場に赴任のため、家族で公主嶺に移住。
昭和20(1945)年4月、新京(現・長春)の敷島高等女学校へ進学し、
寄宿舎に入る。
8月、ソ連軍の爆撃を受け、寄宿舎から公主嶺の両親の元に戻り、
公主嶺で集団避難生活を送る。
昭和21(1946)年7月、父が技術留用者となったため、両親の引揚げが
許可されず、妹と2人で日本人引揚団に加わる。7月末、葫蘆島から福岡県の博多港に引揚げ。

福岡澄子(ふくおかすみこ)さん 引揚体験者

福岡澄子(ふくおかすみこ)さん (引揚体験者)

「フランス、ドイツ、満州での避難生活」

  ●8月24日(金)  14:00~(約120分)

貿易商社に勤める父の転勤で、パリへ渡った4歳の少女。
第二次世界大戦の中、一家はパリからベルリンへ逃避、その後モスクワを経由してシベリア鉄道で満州へ向かいます。

■■プロフィール■■

昭和11(1936)年4月、満州(現・中国東北部)・大連生まれ。
昭和14(1939)年5月、貿易商社に勤める父の転勤先パリに移る。
昭和19(1944)年8月、連合国軍の攻勢に伴い、パリからベルリンへと逃避。
昭和20(1945)年5月、ソ連軍の護衛により、ベルリンからモスクワへ。
さらに、シベリア鉄道で満州へ向かう。
奉天(現・瀋陽)で避難生活を送り、そこで終戦を知る。
昭和21(1946)年7月、葫蘆島から山口県の仙崎港に引揚げ。

page top
JASRAC

JASRAC許諾
第J180224415号

Copyright © 平和祈念展示資料館 All Rights Reserved.

総務省サイトポリシー・プライバシーポリシーリンク集サイトマップ