平和祈念展示資料館科(総務省委託)
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引揚体験者のお話

石井章(いしいあきら)さん

昭和10(1935)年12月、東京都生まれ。
昭和20(1945)年6月、気象台に勤める父が満州(現・中国東北部)の新京(現・長春)に
転勤したため、一家で移住。
8月、ソ連軍の侵攻から逃れ、朝鮮・新義州や満州・安東で避難生活を送る。
昭和21(1946)年10月、父が技術留用者となったため、両親の引揚げが許可されず、
兄と2人で父の同僚を保護者にして、日本人引揚団に加わる。
10月17日、葫蘆島から引揚船に乗るが、兄は翌朝、船中で病死。水葬に立ち会う。
10月末、福岡県の博多港に引揚げ。
撮影日:平成27(2015)年10月27日

「東京から新京へ」動画を見る(6分25秒)
「安東で」動画を見る(11分11秒)
「引揚げと兄の死」動画を見る(6分52秒)
「ひとり日本へ」動画を見る(4分18秒)

石井章さん

手塚元彦(てづかもとひこ)さん

昭和8(1933)年9月、 満州(現・中国東北部)・奉天(現・瀋陽)生まれ。
昭和20(1945)年8月15日、奉天で終戦を知る。
9月、父親はソ連軍によりシベリアに抑留され、翌年栄養失調で亡くなる。
昭和21(1946)年6月、母親が奉天で病死する。その後、兄妹で、孤児院に入る。
年長者だったため、孤児院で亡くなった子どもたちの遺体運びなどをする。
9月、妹2人を連れて、葫蘆島から長崎県の佐世保港に引揚げ。
撮影日:平成26(2014)年2月19日

「平和な奉天の暮らし」動画を見る(3分13秒)
「太平洋戦争開戦から終戦まで」動画を見る(6分16秒)
「父の抑留と母の死」動画を見る(7分43秒)
「孤児院での生活」動画を見る(4分24秒)
「兄妹だけの引揚げ」動画を見る(7分51秒)

手塚元彦さん

吉田勇(よしだいさむ)さん

昭和10(1935)年9月、樺太・敷香生まれ。
終戦間際になって、樺太防衛のため父が義勇軍に、兄が鉄道輸送隊に動員される。
昭和20(1945)年8月17日、母と6人の子どもたちで、敷香から大泊に徒歩で移動。
8月21日、第二新興丸に乗船。22日、ソ連軍の潜水艦の攻撃を受けて破損するが、
北海道留萌港にたどり着く。
家族で甲板にいたため運よく助かったが、他の乗客の悲惨な光景を目の当たりにした。
同様に攻撃を受けた小笠原丸、泰東丸は沈没し、多くの民間人が犠牲となった
(三船殉難事件)。
撮影日:平成21(2009)年12月3日

「反撃と犠牲(前編)その1」動画を見る(4分6秒)
「反撃と犠牲(前編)その2」動画を見る(6分45秒)
「なすべき努力」動画を見る(6分23秒)

吉田勇さん

山村文子(やまむらあやこ)さん

大正11(1922)年3月生まれ。
昭和17(1942)年5月、父の仕事の関係で満州(現・中国東北部)チチハルへ。
昭和20(1945)年8月15日、1歳7ヶ月の子どもと二人で貨車でハルピンへ。
泥水ばかりを飲む、難民生活を経験。
その後1ヶ月かけて長春へ着くが、まもなく子どもを亡くす。
重労働をして生計をたてた。辛かったが中国人はとても親切だった。
昭和21(1946)年9月、帰国。
撮影日:平成21(2009)年11月25日

「心に残ることば」動画を見る(1分37秒)

山村文子さん
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