平和祈念展示資料館科(総務省委託)
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『語り部』戦後抑留体験者の声

このコーナーでは、戦後抑留体験者の方の戦争労苦の体験談をビデオで視聴することができます。

齋藤邦雄さん(大正9年11月生まれ)

昭和16年3月「東宝」在職中に召集、高崎東部38部隊に入隊。北支「陣」部隊へ転属。20年6月満州へ移動。同年10月、シベリア抑留。イルクーツク地区の4ヶ所の収容所を転々とする。23年7月復員。漫画家として活躍。
撮影日:平成21年12月01日

「収容所生活」
「結び」
「戦争のために生まれた世代と恩師の涙」

齋藤邦雄さん

関口健治さん(大正9年8月生まれ)

昭和15年宇都宮独立混成第15旅団重機関銃小隊入隊。16年6月北支派遣、20年まで警備、討伐に当たる。同年8月ソ連軍により武装解除。11月ウランバートル周辺の収容所へ。作業場を転々とする。石切り等の強制労働、栄養失調に耐え、昭和22年11月復員。
撮影日:平成21年11月30日

「訓練期間/武装解除」
「帰国/故郷へ」

関口健治さん

成田富男さん(昭和4年12月生まれ)

昭和20年5月、満蒙開拓青少年義勇軍として満洲へ渡る。戦闘体験はない。終戦当時、15歳という若さでシベリアに抑留される。昭和21年9月、バイカル湖付近に収容、伐採作業に従事。昭和23年11月帰国。
撮影日:平成21年11月26日

「過酷な労働作業」
「異国の丘」
「舞鶴へ・結び」

成田富男さん

猪熊得郎さん(昭和3年9月生まれ)

昭和19年4月、両親の大反対を押し切って中学(旧制)終了と同時に陸軍の特別幹部候補生に志願。その1期生として水戸の通信学校長岡教育隊に入隊。教育中の昭和20年2月26日~27日、米機動部隊の大空襲に遭遇。同期生11人が戦死。同年4月、基地通信隊員として関東軍の第2航空軍に配属、渡満。同年 8月17日、新京にて武装解除、ソ連軍に降伏後、シベリアに抑留。昭和22年12月復員。
撮影日:平成21年11月18日

「父への想い」
「爆死」
「生きたい」
「帰国、そして」
「結び」

猪熊得郎さん

中鉢吉崇さん(大正13年3月生まれ)

昭和18年1月、仙台川内輜重聯隊に入隊。昭和19年2月博多港から釜山上陸。同年3月朝鮮咸鏡北道京城輜重聯隊松島中隊に配属。昭和20年8月ソ連軍により武装解除、満州国境付近の茂山収容所に抑留、肉体労働等に従事。昭和22年4月復員。
撮影日:平成21年12月12日

「農業から海軍航空技術廠へ/流れ落ちた宝石」
「戦車の待ち伏せ」
「ロシア兵と相撲/結び」

中鉢吉崇さん
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